ボードを通して共有する感覚
トッププロ川瀬心那とシェイパー逢野貴広、二つの関係のカタチ
2025 年はQS2000 で連勝するなど活躍しているウィメンズ・トッププロサーファーの「川瀬心那」。コンペティターとして世界を目指す一方で、女子では珍しいシェイパーとしても歩み始めている。その傍らには「ON SURFBOARDS」を主宰するシェイパー、「逢野貴広」の存在がある。逢野は乗り手に寄り添い、体格や乗り方、ホームスポットの特徴などを考慮してボードを仕上げる、カスタムメイドを得意とするトップシェイパー。現在、トッププロは海外ブランドのボードに乗るのが主流となるなかで、ドメスティックブランドのシェイパーと国内トップライダーがタッグを組み、同じファクトリーでボードを形にしていくという関係は少なくなりつつある。二人の間には、ライダーとシェイパー、そしてシェイパーの師弟という二つの関係が同時に存在している。今回はそんな日本では珍しい関係に追った。
写真/熊野淳司 文/鈴木康高 この内容は2026年1月号の内容を再編集して掲載しています

逢野貴広/おおの・たかひろ●三重。南紀出身、パフォーマンスボードからオルタナティブ、ロングボードまでをラインナップする「ON SURFBOARDS」を主宰。千葉・一宮に自社ファクトリーを構えハンドシェイプからマシーンシェイプまでを駆使し、乗り手に合わせたカスタムサーフボードが評判のトップシェイパー

川瀬心那/かわせ・ここな● 2004 年、三重県生まれ。幼少の頃よりサーフィンをして育ち13 歳でプロ資格を取得、今年はQS2000と福島の大会を合わせ3 連勝するなど世界を目指し邁進中。今年から「Cocona Shapes」を始動しシェイパーとしてもスタート。二刀流で世界を目指すトッププロサーファー

2025年はWSL QS2000での連勝と福島で行われた北泉サーフフェスティバル2025でも勝利し3 連勝するなど確実に逢野とのトレーニングの成果が出てきている
ジャッジに評価されるサーフィンを目指して
サーフィンのメッカ、千葉県のなかでも人気サーフスポットが点在する一宮町東浪見の程近くにあるON SURFBOARDSの工場では仕事前のサーフセッションを終えた後、黙々と仕事に取り組む川瀬と逢野の姿があった。ひと仕事を終えたら午後はまた練習に励むという川瀬。テストボードが仕上がれば、すぐに海でテストを行う。逢野は時に一緒に海に入り、時に岸からカメラで川瀬のライディングを撮影し、動きとフォームを客観的に確認する。午前のセッションで得た映像を昼に見返し、午後にはその課題を持って再び海に入る。そんなやり取りが続いている。川瀬にとって逢野との出会いはJR SURFBOARDS に乗っていた3年ほど前、日本で輸入総代理店をしていた逢野にジャパンメイドのサーフボードを削ってもらったことがキッカケだった。「その1本がすごい調子がよかったから、そのまま1年ライダーとして乗せてもらって、そのあとONのボードに乗ることになった感じです」と川瀬。ここ最近はライダーとシェイパー、選手とコーチ的な関係でもあり、逢野との時間はサーフィンの意識を変える機会にもなった。かつては「サーフィンが好きで、ただ好きなように乗る」という練習内容だった。そんななか逢野が「コンテストのサーフィンはジャッジに評価されないといけない」と伝え、それを課題にしているという。川瀬と逢野の二人三脚でコンテストにおいて高い評価を得るために、何が必要かを具体的に考えるようになった。波のサイズ、ラインの描き方、スピードの繋ぎ方など共に映像を分析するうちに、勝つためのサーフィンへの理解が深まっていった。彼女の練習スタイルは明確に変わってきている。
大切なのは信頼関係
シェイパーにとって、自身のボードに乗ったトッププロのライディングを目の前で見ることはボードデザインにとって非常に重要だ。玄人好みのサーフィンで人気を博していたダレン・ターナーとのリレーションがトップサーファーとの初めての深いリレーションだったという逢野。その関係性はボード開発に大きな影響をもたらした。それからも様々なサーファーをサポート。今は川瀬をはじめ深川達哉、佐藤千尋、高松海璃らプロサーファーをはじめトップアマの選手とも深いリレーションを築いている。ボードの設計図だけでは掴めない〝動き〞を、ライダーと共に海で検証できるのはシェイパーにとっても大きいという。数値や理論だけでは表現できない部分を、波の上で確認し、再び工房に持ち帰る。その繰り返しがボードの精度を上げていく。「一番大事なのは信頼関係ですね。日頃からいろんなものを共有し、海に行って実地検証してボードのメリット、デメリットをお互いに共有して、それを深掘りして本数を重ねていくなかでお互いにとって必要なものが見えてくる」と逢野は語る。
ドメスティックブランドのシェイパーと国内トッププロ、その希少なタッグ
今、日本のトッププロサーファーの多くは海外ブランド、または海外シェイパーのボードに乗っている。世界のコンテストツアーを転戦するには、グローバルブランドは世界中にライダーがおりデータの豊富さ、トップライダーからのフィードバックによるサーフボードの進化などもあるだろう。しかしその一方で、国内のシェイパーと国内トッププロが手を組み、自分たちの手でボードを作り上げる関係は少なくなっている。ライダーを抱えるには多額の費用もかかることもその一因と言えるだろう。逢野は、こうした潮流を理解したうえでライダーをサポートしている。工場での作業の合間、二人の会話は自然とサーフィンの話に移る。ライディングの映像を観ながら、ボードが波の中でどう動いたかを確認し、どこを調整すべきかを話し合う。お互いの感覚をすり合わせるようなそのやり取りは、単なる技術指導ではなく、二人の信頼関係の積み重ねそのものだ。川瀬のフィードバックを受けて逢野がデザインを修正し、逢野の視点から見た動きを川瀬が理解して次のセッションで試す。互いの経験がそのままボードに刻まれていく。こうした関係は貴重だ。海外ブランドの性能に引けを取らず、むしろ選手自身の感覚を最大限に生かしたボードを日本で作り上げる。その試みは、今までも日本のレジェンドシェイパーたちから受け継がれてきており、次世代に脈々と受け継がれていくべき日本のサーフボードクラフツの歴史でもあると言えるだろう。
シェイパーの師弟としての時間
川瀬が逢野の工場を訪れた当初、彼女は漠然とシェイパー、サーフボードクラフトに興味を持っていたという。ただ何処に行けば、誰に聞けば良いのかわからなかったという。そんな川瀬がJRのライダーだった時に「何でもいいから教えてほしい」と逢野に伝え、プローファーとしての活動を続けながら、空いた時間を使ってリペア作業から学び始めた。フォームの修理やサンディングを通して、サーフボードの構造を理解していった。逢野は最初から手取り足取り教えるのではなく、必要なときにだけ助言を与え、作業を見守るスタイルを取った。お互いのペースを尊重しながら積み重ねてきた時間が、今の関係を作っている。逢野が川瀬を受け入れたのは、彼女の真摯な姿勢と将来への意志に惹かれたからだ。プロサーファーとしてのキャリの先に、セカンドキャリア……シェイパーとしてのビジョンを持っていた。逢野自身も、同じようにサーフィンとともに生きてきた人間として、その考えに共鳴したという。単なる弟子ではなく、自分と同じ道を歩もうとしている仲間として接している。今では、川瀬がどんなことを感じているのかを言葉にしなくても、おおよそ理解できるほどになったという。長い時間を共に過ごすなかで生まれた信頼関係は、コンテストのためのトレーニングでもシェイピングでも素晴らしいリレーションシップとなっている。
COCONA SHAPESという挑戦
川瀬が自身のブランド「COCONA SHAPES」を立ち上げたのは、2025年。ON SURFBOARDSの工場で仕事を続けながら、3つのモデルを発表している。ショートボードの「20-20」、ツインフィッシュの「Speedy’s」、そしてミッドレングスの「Trucks」。いずれも川瀬自身の感覚、アイデアをもとに設計され、テストを繰り返して仕上げられたボードだ。川瀬に各ボードの特徴を語ってもらった。「『20-20』はスピードを保ちながらトップまで伸びていってくれるショートボード。『Speedy’s』はツイン特有の伸びのあるターンを活かし、波を選ばずに楽しめるオールラウンどな設計。『Trucks』は緩い波でのクルージングを想定し、初心者から中級者へのステップアップに対応するミッドレングスです」。それぞれのモデルはON SURFBOARDS の工場で製作され、最終仕上げを逢野が確認したうえでリリースされる。販売によって得た収益は、川瀬の海外遠征費など競技活動の資金に充てられる。スポンサーからの支援に頼るだけでなく、自分の手で作ったボードを通して活動を支える仕組みだ。この流れは、近年の国内クラフト業界における新しいロールモデルとなるかもしれない。ファンがボードを購入することで、選手を直接支援するという形は、従来の企業スポンサーとは異なる温度感を持つ。作り手と乗り手、そして応援する人々が同じ輪の中にいるそんな関係性を生み出せるのではないか。サーフセッションを終え工場では、川瀬が自身のブランド「COCONA SHAPES」のボードを仕上げている。マシーンでカットされたブランクスをサンディングペーパーで整え、レールを滑らかに仕上げていく。逢野はハンドシェイプもマシーンシェイプもこなすクラフツマンだが、川瀬はまだマシーンシェイプのみ。将来的にはハンドシェイプからグラスワークまで自分の手で行えるようになりたいという。取材を行った日もすでに3本のボードがグラッシングされている最中だった。なかには川瀬本人がグレーのステインカラーを施した1本もあり、今後もシェイピング以外にも様々なことにチャレンジしていくという。
サーフィンとクラフトの未来
「世界中の波を自分のボードで乗る」。それが彼女の夢だ。波の質や地形に合わせて自分でデザインを変え、その場で修正し、自分のサーフィンで確かめる。競技とクラフトを地続きで捉えるその発想を日本のシーンでこの若さでしかも女性が行うのは新しい試みだ。逢野は、シェイパーに必要なのを「柔軟さ」だとも語っている。努力を重ね、自信を持つほど、職人は硬くなりがちだ。だが人の意見を受け入れ、常に変化に対応できることが重要だと考えている。その考え方は、川瀬との関係にも通じている。互いの感覚を尊重し、対等に意見を交わすことで、より良いボードとサーフィンを追求してきた。これは逢野にとってもさらなる自分の成長に繋がると考えている。川瀬は21歳(取材当時)。これから選手としてピークを迎える時期にある。海外ツアーを転戦しながら、空いた時間で工場に入り、サーフボードを学ぶ生活は決して楽ではない。それでも、彼女は両立の中で確かな手応えを掴みつつある。競技者としての感覚と、作り手としての視点が一つにつながることで、サーフィンへの理解がより立体的になっていくだろう。
二人が生み出すもの
ON SURFBOARDS の工場で、川瀬が仕上げたブランクスを逢野が手に取り、細部を確認する。ラミネートを終えたばかりのボードが光を反射するその瞬間、二人の間に言葉はほとんどない。これまでのやり取りで十分に意思は通じている。波の上で得た感覚が、形になって目の前にある。その積み重ねこそが、二人の関係の証だ。海外ブランドが席巻する現代のサーフシーンにおいて、国内でボードを作り、国内のプロがそれに乗るという関係は少なくなりつつある。だが、だからこそ意味がある。逢野貴広と川瀬心那。シェイパーとライダー、師と弟子。その二つの関係が交わるところに、これからの日本のサーフィン文化の新しい形がきっとある。波に乗る感覚と、ボードを削る感覚。その両方を理解する者だけが見える世界を、二人は今、確かに共有している。


https://www.instagram.com/coconashapes_design/
https://www.instagram.com/cocona_kawase/














