20世紀の最後の10年、年号は平成2年。新時代の幕開けにふさわしいサーファーが表紙に初登場です。素晴らしいチョイスですね。そうです、ケリー・スレーターのファーストカバーショット!どうです?このスタイル。もう完成されてますね。(フィン抜け、しかもスライドしてますね)今とほぼ変わりません。この時ケリーはまだ17歳の高校生ですが、トム・カレン2世との呼び声高く、既に世界中より注目のサーファーだったのです。おそらく90年代シーンの中心になるであろうと書かれていますが、90年代はおろか、2000年、2010年代とトップに君臨し続ける事をこの時、誰が想像できたでしょう?この後ケリーが何回表紙に登場するのか?ちゃんと数えておきます。汗
インタビューは久我孝男プロ。1988年まで4連覇中の最強コンペティターが遂に陥落。取って代わって1989年のグランドチャンピオンの栄光の座に輝いたのは糟谷修自プロ。これに関しインタビュー中ではこう述べています。
「良かったよ、修自さんで。俺よりずっと苦労してきたんじゃないかな?中途半端で終わって欲しくないサーファーだから。一緒にやってきた、修自さんだから。ハワイであったらまず『おめでとう』かな」
世界ではMRことマーク・リチャーズが4連覇、トム・カレンも4連覇、ケリー・スレーターが5連覇を達成しています。もちろん戦うステージは異なりますが、肩を並べる偉大な記録です。
ギア特集はサーフボード”スラスターの進化”。80年代にショートボードの主流になったスラスター(3本フィン)デザイン。90年代に入り更に進化をしていきます。その状況を日本を代表する世界的シェイパー、”Y.U”こと植田義則さんに解説してもらっています。実は2019年2月9日発売の次号でもボードに関する取材にご協力頂きました。いつもありがとうございます。別ページではスラスターの生みの親、サイモン・アンダーソン大先生にもインタビュー。スラスター誕生の背景には、当時、ツインフィンを駆使し強すぎたMR影響があったといいます。この話はまた別の機会に。
サーファーと寒い海との戦いはこの頃より続いているのです。