2015年12月、日本人男子初のWSL チャンピオンシップツアー(CT)にクオリファイを決めた五十嵐カノアは、翌年から戦うことになる世界最高峰のサーフリーグのCT選手に対しこう話していた「CTサーファーの違いは自信だと思う。波に乗っているときはもちろん、パドリングをしていても、歩いていてもオーラを感じる。まだその訳はわからないけれど……」。
20位→17位→10位→6位。これは今年でCT参戦4年目となったカノアの成績の推移である。毎シーズン前に必ず自分に目標を課し、着実にノルマを達成してきた。(今年の目標はCT5位以内であったが、僅か1ランク届かず)。その裏には日々のハードワーク、そして類稀なる先を見据えられる能力、そして、精神的なタフさがある。身体はひと回り以上大きなり、それによりサーフィンもパワーアップした。現地で、またはライブ中継を見ても、その落ち着き払った試合運びはさらに磨きがかかり、順調にランキングもアップしてきた。ただ、現在のカノアが手にしたのはこれらだけでない。クオリファイ以降、幸運なことに年に2〜3回は直接会って話すことができた筆者が感じる、ここ数年キャリアを経た今年、カノアが手に入れたものはプロアスリートとしての”風格”だと思う。冒頭のカノアの言葉を借りれば、それは”自信”ともいえよう。
”風格”が備わるきっかけは、今年のCT第3戦「CORONA Bali Protected」での優勝がやはり大きい。これは推測であるが、カノア自身はもう少し早くCTで初優勝できると思っていたのではなかろうか。それを裏付けるのが「今まで人知れずやってきた努力は間違っていなかった。やっと報われた」という優勝インタビューでの本音が垣間見れた言葉。フィジカル的には、恐らく今シーズンに入る前に自分の理想とようやくフィットし始めたと感じていたはず。あとは結果だ。だからこそサーフィンライフが2月に行ったインタビューで「今年、CTで1勝する」の発言に繋がったのであろうと思う。手応えはすでにその時に感じていたのだ。ただし公言は時として、自分自身にプレッシャーとしてはね返ってくる。周囲からのそろそろ、そして、自分自身の今年は必ず、この期待とプレッシャーに打ち勝った時、カノアは真の”自信”を得て、戦うアスリートとしての”オーラ”、”風格”を身に纏ったのだ。
バリでの優勝は自他共に、カノアのサーフィンがCTの中でも限られた選手しか到達できないレベルに達したと世界に知らしめた。たとえ、試合で満足の行かない結果だったとしても、自信みなぎるサーフィンとその落ち着いた立ち振る舞いには一層磨きがかかった。だからこそ、ツアー後半以降も激しいアップダウンはなかったし、結果6位というキャリア最高の順位をマークしたのだ。「サーフィンというスポーツをもっとメジャーに」、「多くの子供が憧れを持つようなスポーツにしたい」、「オリンピックはサーフィンのとって、最高のチャンスだと思う」など公の場で発せられた数々の発言には、そのジャンルのスポーツを代表するという強い意志が感じ取れたし、単なるリップサービスではない、熱く重いカノアの願いが込められている。そう感じられるのもアスリートとしての”風格”が備わったからだと思う。
正式発表は来年5月以降ながらも、シーズン終了後にはWSL CTからのオリンピック出場枠を獲得し、ほぼオリンピック出場を確定した。またCTでは、今年以上の未体験のゾーンに向かって挑戦することとなるカノアの2020年。まだ気は早いが、今から1年後の2020年を振り返った時、”風格”の前に新たな形容が付いているかもしれない。それが”王者の”であることを願って。
五十嵐カノア
1997年カリフォルニア生まれ。両親の影響から3歳でサーフィンを始め、ジュニア時代は全米タイトル獲得や、数々の記録を打ち立てるなどの活躍をし、その後プロに転向。2015年から世界最高峰のプロツアーWSL CTに参戦。2018年には登録の国籍をアメリカから日本の変更し、同年開催されたISAワールドサーフィンゲームスには日本代表として出場し、個人では銀メダル、そして国別の金メダル獲得に大きく貢献した。2019年CTでは第3戦の「Corona Bali Protected」で初優勝を果たし、年間ランキングをキャリア最高の6位でシーズンを終了。CT枠からのオリンピック出場権を獲得し、あとは正式発表を待つばかり。木下グループ所属。
Text : Yasuyoshi Ogawa