教えて!パドリングのメカニズム

オリンピックの公式種目となり、今後の科学的研究に期待がかかるサーフィン。そこでスポーツを科学する「国立スポーツ科学センター」でパドリングについて聞いてみた。
小林直海

Q.パドリングの動きをレクチャーしてください

A.
まず大前提として、私は競泳選手をサポートするために泳ぎを運動力学的な視点で分析しています。今回も、そのような観点でお話させてください。

サーフィンの基本動作であるパドリングの動きは、水泳のクロールと似ています。そのため考えられるのはパドリングの速さを左右するのは、大きく分けて2つの要素になる、ということです。つまり「力の大きさ」と「力のタイミング」です。なかでも「力の大きさ」は、「手を動かすスピード」と「動いている手の角度」によって変化します。そして「動いている手の角度」によって「抗力」と「揚力」という2つの力が得られます。どちらも聞きなれない言葉でしょう。説明しますと、水泳の抗力は、水の中に入れた手をまっすぐに掻いて生まれる力。そして斜め方向に動かして生まれる力が揚力です。水泳では、この抗力と揚力を使って泳いでいくのですが、サーフィンのパドリングにおいても、この抗力と揚力の関係を考えてみるのがいいようです。水中での運動を科学するためには流体力学を考える必要があるため、陸上での運動と比べて、力の作用が少し複雑になっていくのです。

Q.力のタイミングとは何でしょうか?

A.
クロールの場合、両方の手で水を掻いていますが、右手が掻き終わる前に、左手が掻き始めていなければ、スピードは落ちていきます。左右の動きを途切れさせないことが必要なのです。もちろん、手を速く掻くと推進力は強まりますが、サーフィンの場合はサーフボードの上にいるので水泳より抵抗が少なく、パドリングしていないときも速度は落ちにくいはずです。とはいえ、スピードを保つためにパドリングを続けることは大切。その継続には持久力も必要になります。

Q.パドリング時の手の動きはどうなりますか?

A.
話を抗力と揚力に戻しますが、最近の水泳の研究では、大きな力で泳ぐなら抗力を使い、効率的に泳ぐなら揚力を使うといわれています。水を真っ直ぐI字に掻いて生まれるのが抗力、S字に動かし生まれるのが揚力です。この関係性において、水泳選手は各々が両者の間に自分なりのバランスを見つけてフォームを形成しています。また多くの選手は最初からS字に掻こうとしているわけではありません。クロールの場合、左右に掻くごとにカラダがローリング(手を前に伸ばして掻き始めた側のカラダが沈むことを繰り返すため、カラダの左右が交互に揺れるような動き)をするため、結果的に手の動きがS字になっているともいえます。

一方、サーフィンの場合はサーフボードの上に寝そべるため、ローリングが生まれにくい状況にあります。腕によるパドリングだけを考えると、I字に近い動きをしていると推測されます。先ほども触れましたが、水泳は手をより前に伸ばして入水し掻き始めますが、サーフィンはローリングの動きがないため、水泳ほどは手を前に伸ばせずに掻いているようです。クロールに比べると掻く距離が短いということですね。

Q.パドリングを速くする秘訣は何でしょうか?

A.
サーフィンも、「掻くスピード」と「手の角度」が大切なのではないかと思います。水泳では、より多くの水を掻くため、水の中に入れている手の平から前腕までの部分と肘の角度を90度に近い状態にしています。この状態は「ハイエルボー」と呼ばれ、手を水の中へ入れる際には、肘がより高い位置になるような形となります。そして、そのハイエルボーの形を作るには、上腕をカラダの内側へ向けて回転させるような動きにすることが必要です。たとえばテイクオフのときのように、短い距離で加速したい場合にはパドリングのピッチを速める必要があり、ハイエルボーを使ったフォームは効果的でしょう。さらに、水泳界の速い選手がカラダの前方で水を掻いているように、パドリングでも手を水の中に入れてから後方へ掻き出すまでの流れの中で、カラダの前方部分を中心に、速いピッチで掻くことを意識するのが良いように思います。

Q.ケリー・スレーターはなぜ速いのでしょう?

A.
映像を見ると手の角度を作るためしっかりハイエルボーにして手を水の中に入れています。そして次のパドリングのため、腰付近で手をカラダから離すように水から抜いているので、揚力、そして推進力が生まれているのだと推測できます。


教えてくれた人
日本スポーツ振興センター 国立スポーツ科学センター スポーツ科学部
研究員 松田 有司さん
競泳を中心にバイオメカニクス、運動力学を専門として研究。3次元の動作解析や映像解析を行い、現在は主にオリンピック候補選手となる、日本代表水泳選手のサポートを行っている。